Hiroaki Sumiya

アートプロデューサー&アートアドバイザー

野村総合研究所在籍中に、横浜トリエンナーレのスタッフとして芸術が生まれる現場を体験し、ハッチアート、BPA、ルートカルチャーなどアートプロジェクトを実践。2016年より「アートフェア東京」のコミュニケーションズ統括ディレクターとして文化庁アートプラットフォーム事業 " 日本のアート産業に関する市場調査 " を実施。2021年より DART 株式会社にて、企業・地域・個人のアート・アドバイザー、京都萬福寺アーティストインレジデンスディレクター(2023 迄)、文化庁の芸術関連の委員等務める。

アートとともに生きる

vol.5

人々やビジネスにもたらす
現代アートのインパクト

気に入った映画や音楽を何回も視聴したり、俳優やミュージシャンなどに夢中になったという経験はありませんか? そんな皆さんと同じように、現代アートに魅せられて美術館やギャラリーに足繁く通ったり、好きなアーティストの作品をコレクションする人は世界中にたくさんいます。では、現代アートにハマる人は、どのようなところに惹かれるのでしょうか。また、世界中のエグゼクティブたちが現代アートをコレクションするのはなぜでしょうか。今回は、現代アートが人々やビジネスなどに与える影響力について墨屋宏明氏に伺いました。

自分と似た考えやパッションをもつ
分身のようなアーティストがきっといる

多くの人にとって、日常的に絵画や彫刻などのアート全般に関わる機会はおそらく少なく、現代アートも縁遠く感じているかもしれません。その一方で、ハマる人もいます。その違いは何かというと、「自分の分身であるかのように感じるアーティストや作品に出会ってしまった」というのも一つだと思います。
では、現代美術作家とは、どのような人なのでしょうか。
皆さんは、若いときに何か夢や願望を持っていたことはありませんか? あるいは、世の中がこうなったらいいなといった問題意識や妄想、違和感を抱いていることはないですか? 何かしらの想いを抱えている人は多いと想像しますが、それが大切なことと心の奥底ではわかっていながらも、実際は日常生活や本業に専念することに精一杯で、大したことができていない人もいるのではないでしょうか。
その点、アーティストは、そういった願望や妄想に対して実験的な試みをしたり、寝る間も惜しんで研究し続けたりして、芸術作品というアウトプットを生み出しています。見方によっては、「アーティストは、私たちの代わりに、私たちの想いを追求してくれている」とも。だから、自分の夢や考え、さらにはそれを遥かに超えてしまうアイデアを、驚くような表現で作品にするアーティストに出会うと、「まるで自分の分身や心のよりどころであるかのように感じて」、そのアーティストに、そして現代アートにハマってしまうのだと思います。
例えば、エネルギーや自然環境の社会課題について、科学者とは異なる根源的なアプローチから思考しているアーティストは何人もいます。ジェンダーや平和について何かを投げかけているアーティストもたくさんいます。現代社会の中で誰かが考えなくてはいけないことや、まだ誰も気がついていないことなどを、誰に頼まれるでもなく自ら進んで研究し作品にしているのです。

 

Worldprocessor, Bundeskunsthalle, Bonn © 1992 IngoGunther.com / World-Processor.com photo:Peter Oszwald
《ワールド・プロセッサー》は、ドイツのメディアアーティスト、インゴ・ギュンター氏が1986年から制作している作品シリーズ。暗い空間に美しく浮かび上がる地球儀を素材として、その一つひとつに地球上で起きている様々な問題や現象を表現している。


現代アートのアーティストと起業家・経営者には
「今まで誰もやらなかったことをする」という共通点がある

様々な人が現代アートに魅了されて作品をコレクションしていますが、過去を振り返ると、各時代における成長著しいイノベーティブな企業の創業者・経営者にも、現代アートのコレクターが多くいます。高度経済成長期から80年代まで世界経済を牽引していた日本企業においても、70年代は大手製造業の経営者が、80年代は大手金融会社が熱心にコレクションしていましたし、21世紀になると世界中のIT企業や起業家といった新しい世代のコレクターが増えました。
自分で会社を興すなどして成功すると、「かつての自分と同じように、夢を追いながら苦労している若いアーティストを応援したい」、「ビジネスのヒントを得るきっかけになった作品を手元に置いておきたい」というふうに思うのかもしれません。加えて、世界の成功者らが、ビジネスの話題だけでなく、「友人として」価値観を共有するためにも「アートコレクション」は重要なコミュニケーションツールとなっています。
先述したように、現代のアーティストは、今まで誰もやってこなかったことを生み出すために全力投球している人たちなので、起業家の考え方に似ていたり、経営者にとってインスピレーションの源になったりするのでしょう。本連載のVol.2で、コンセプチュアル・アートの草分けであるヨーゼフ・ボイス氏が「社会彫刻」という概念を提唱したと紹介しましたが、それは「社会をデザインする」ということであり、まさにベンチャー企業がやっていることなのです。


Worldprocessor, Taipei Biennale © 2018 IngoGunther.com / World-Processor.com  photo: World-Processor Studio, NY

科学や経済、社会と多彩につながっている現代アート

アートは私たち個々の想いと接点があるとともに、科学や経済、社会などとも様々な形でつながっています。そのことを表しているユニークな例を、私の視点から2つ紹介しましょう。
1つめは、オーストリアのリンツ市で開催されている「アルスエレクトロニカ」。かつての工業都市を舞台に、先端技術を用いたアートを中心にしたフェスティバルです。そのアートセンターには「フューチャー・ラボ」があり、作品の鑑賞だけでなく、世界各地のアーティストや研究者によって共同研究が行われるため、感度の高い研究者やクリエイターも多く集まる場所となっています。自然現象や社会課題などの検証・分析により体系的に知識を構築する科学と、人間や物事の根源的なことを突き詰めて考える現代アートには共通するものがあるのです。
もう1つは、日本の戦国時代の話ですが──。国を治めるほどの力があった織田信長は、当時、最先端の美術品であった茶道具のコレクターでしたが、戦国武将たちに褒美を与える際、土地ではなく茶道具を与えたのでした。限られた国土の中で権力者が新たな価値を提示し、それが争いを解決する手段にもなっていた、というのは大変興味深いことです。
日本では、アートとビジネスは水と油のようだと言われてきた時代が長かったのですが、そうではなく、一つの軸では計れないような課題や対立が生じるときに、アートは異なる領域の人々を結ぶ力があるのではないかと私は思います。
現実の社会では物理的・経済的な壁にぶつかることがあるものですが、アーティストは自分の信念に基づき、生涯をかけて日々の活動を積み重ねて生きているので、結果的に誰も考えつかないところまで到達できるのではないでしょうか。そこからインスパイアされて科学の大発見があるかもしれないし、新しい価値観が生まれて、ビジネスとして広がっていくかもしれない。現代アートやアーティストの活動は、社会にとっても非常に重要なものなのです。