人形浄瑠璃(文楽)の作品として生まれ、歌舞伎においても多くの観客に愛されてきた義太夫狂言の三大名作『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』の魅力を紐解く不定期連載。
第一回は、10月の歌舞伎座で『義経千本桜 川連法眼館』に出演する八代目尾上菊五郎さんに伺いました。
「あなたならどう生きるか」と
問いかけてくる普遍的な名作
――文楽、そして歌舞伎において“三大名作”と呼ばれる『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』。八代目尾上菊五郎さんにとってはどのような存在なのでしょうか。
「どの作品も歌舞伎役者にとって絶対に避けて通れない大作ですし、歌舞伎にとりましても宝と言える大切な作品です。さまざまな役に、幼い頃からの憧れや思い出が詰まっていますね。
実はこの三大名作は、『菅原伝授手習鑑』が延享3(1746)年、『義経千本桜』が延享4(1747)年、『仮名手本忠臣蔵』が寛延元(1748)年と、3年連続で生み出されたと言われています。これほどまでの名作が毎年続けて発表されるなんて今では考えられないというか、江戸の文化というのは本当にすごかったのだなと、今、改めて思います。
我々も古典を継承するだけではなく、未来の人へのメッセージとして、復活狂言や新作歌舞伎も作り上げていかなければと思わせられますね」
――現在、古典として上演されている演目に、八代目菊五郎さんは三大名作以前と以後で異なる肌触りを感じるといいます。
「三大名作以前の義太夫狂言と以降の義太夫狂言では、洗練のされ方が違うように感じます。三大名作以前の作品の場合は、その言葉がどこに向かっているのかをよく考えて演じなければならないということを、9月に『ひらかな盛衰記』でお筆を演じた際にも深く感じました。
人形浄瑠璃(文楽)のさまざまな名作を歌舞伎が取り入れ、そこに役者が創意工夫を加えて、歌舞伎の芝居にしてきました。三大名作については特に、代々の役者たちが浄瑠璃作者の意図を深く読み取りながら、洗練させてきたものが今に残っているのだと思います。
古典作品が時代を超えて今も新しく感じられるというのは、それだけ骨格がしっかりしているということ。骨格が崩れないのが三大名作のすごいところです。主君への忠義や親子の情愛といった普遍的な物語を、時代を超えて何度も何度も繰り返し上演する中で、型が生まれ、どんどん洗練されてきたのが、今の『菅原伝授手習鑑』であり『義経千本桜』であり『仮名手本忠臣蔵』だと思います。
こんな素晴らしい作品を残してくださった作者と、受け継いできた先人たちに、いつも感謝をして演じております。
原点に立ち返って本を読み込み、この作品は何を訴えたいのか、何を一番大事にしなければいけないのかと考えると、まるで台本が今を生きている私たちに“あなたならどう生きますか”と語りかけているように感じます」

――10月の歌舞伎座第一部では『義経千本桜 川連法眼館』の佐藤忠信/佐藤忠信実は源九郎狐を演じます。八代目菊五郎さんが考える『義経千本桜』の魅力とは?
「『義経千本桜』は大きく3つの物語で構成されています。『渡海屋・大物浦』は歴史劇、『すし屋』は庶民が悲劇に巻き込まれる話、『鳥居前』『吉野山』そして『川連法眼館』は狐が主人公のファンタジー。これらが三本柱となって『義経千本桜』を形作っていて、それらを貫いているのが源義経という存在です。敵、味方、武家の話、庶民の話、そして狐の話まで、義経を取り巻く者たちの物語として非常に巧みに描かれているのが、『義経千本桜』の素晴らしいところだと思います」
――特に好きな役や、憧れだった役はあるのでしょうか?
「私は父(七代目尾上菊五郎)が『すし屋』の権太をつとめた際にはお里、『四の切(川連法眼館)』の忠信をつとめた時は静御前と、ずっと傍で勉強してきて、それぞれの役に本当に憧れがありました。
また『渡海屋・大物浦』は、岳父(二代目中村吉右衛門)に初めて教えていただいた大きな時代物の作品です。
父と岳父では教え方は違いますが、共通しているのは、いかにその役の心情になりきれるかということ。それぞれ大切にしなければならない型はたくさんありますが、それをすべて自分の中で消化した上で、役の心情を表現することが、父の教えであり岳父の教えです」
平家の武将、知盛と
すし屋の息子、権太。それぞれの悲劇
――『義経千本桜』には三人の主人公が登場します。『川連法眼館』にも登場する佐藤忠信実は源九郎狐については後でお話しいただくとして、一人目にご紹介するのは『渡海屋・大物浦』の渡海屋銀平実は新中納言知盛。
九州に落ち延びるために義経一行が立ち寄った尼崎の船問屋・渡海屋の主人銀平は、実は海に沈んだはずの平知盛。女房に扮した女官の典侍の局とともに安徳帝を娘と偽って守りながら義経に復讐する機会をうかがっていました。しかし知盛方の敗色は濃くなり、帝と局は義経方の手に落ちます。知盛は義経に帝を託し、碇の綱を身体に巻き付けて海の底へと沈んでいくのでした。
「前半は船問屋の亭主・銀平としての砕けたところと大きさ、正体を現してからは平家の武将・新中納言知盛として、もちろん大きさもありながら、気品の漂う公家であること。大物浦の場面になってからは、平家の全てを背負い壮絶な最後を迎えます」

『義経千本桜 渡海屋・大物浦』渡海屋銀平実は新中納言知盛=八代目尾上菊五郎 令和4年10月国立劇場 ©松竹
――続いてご紹介するのは、『すし屋』の権太です。
鮓屋の看板娘のお里は、店で働く弥助との祝言を控えています。そこにやって来たお里の兄、いがみの権太は、母からせしめた金を、父に悟られないように鮓桶に隠します。一方で父の弥左衛門は、道で出会った若侍の首を持ち帰り、これも鮓桶に隠します。実は弥助の正体は平維盛。弥左衛門は維盛の身代わりとして若侍の首を鎌倉方へ差し出す算段だったのです。
鎌倉方の梶原景時がやってきて弥左衛門が鮓桶から首を出そうとすると、中にあったのは首でなく金。そこに権太が現われて、褒美をもらいたいと維盛の首と生け捕りにした維盛の妻子を差し出します。怒りのあまり権太を刺す弥左衛門。権太は息も絶え絶えに維盛の首と偽って渡したのは父が隠していた若侍の首であり、維盛の妻子に見せかけたのは自分の妻と子であると打ち明け、息を引き取るのでした。
「権太は悪党ではありますが、関西の言葉でいうところの“ごんたくれ”という、どこか憎めない男。父の恩人の子である維盛とその妻子を守るため、自分の家族を犠牲にして、悪党から一転、心情を述懐する“もどり”の場面では、親への思いが溢れます」

『義経千本桜 すし屋』いがみの権太=八代目尾上菊五郎 令和4年10月国立劇場 ©松竹
鼓と静御前と旅をする
忠信の正体は?
――『義経千本桜』の物語は源平の合戦の後、兄の頼朝から疎まれている義経に、後白河法皇が初音の鼓を与えるところから始まります。
鼓を“打つ”ことに兄・頼朝を“討て”という暗黙の指令を込めて渡された初音の鼓。
義経は都を落ちるにあたり、伏見稲荷の鳥居の前で静御前に形見としてその鼓を託します。
『鳥居前』の段では鎌倉方に捉えられそうになった静御前を義経の家来である佐藤忠信が助け、静を護って立ち去る様子が描かれます。
しかし忠信は、人間ではない何者かの気配を纏っていて……。
「『鳥居前』、そして途中に挟まれる『吉野山』の所作事(舞踊)で、静につき従う忠信が、実は初音の鼓に使われた皮を親にもつ子狐であることが、少しずつお客様に伝わっていきます」
――武将としての凛々しい姿でありながら、静御前が鼓を鳴らすと本性をあらわし、狐めいた所作をしたり、狐詞(きつねことば)を喋ったり。
「江戸時代の人にとって、八百万の神々は身近な存在だったはずです。町のあちこちにはお稲荷さんがあったでしょうし、ちょっと歩けば狐が出て、化かされてもおかしくないような森もたくさんあったはずです。
お稲荷さんとも深く結びつき、人々にとって身近な存在だった狐が、人間と同じように感情を持っているという設定も、江戸の人々には自然に受け入れることができたのでしょう」

『義経千本桜 鳥居前』佐藤忠信実は源九郎狐=八代目尾上菊五郎 令和4年10月国立劇場 ©松竹
「長い物語を通して、死んだはずの知盛、維盛、教経が実は生きていたという設定が施され、源平の武将たちだけでなく、庶民から果ては狐までが登場して物語が繰り広げられていく『義経千本桜』ですが、その中で狐忠信は、人と同じように業を背負う存在として登場します。
『義経千本桜』は、人だけでなく狐までもが仁・義・礼・智・信の五常を大事に生きることによって、“業”を晴らしていくことが根底に流れている演劇作品なのだと思います」

『義経千本桜 吉野山』佐藤忠信実は源九郎狐=八代目尾上菊五郎 令和4年10月国立劇場 ©松竹
親を慕う狐の情愛を描く
『川連法眼館』
――そんな八代目菊五郎さんが歌舞伎座で『川連法眼館』の佐藤忠信実は源九郎狐を演じるのは、この10月が初めて。
吉野山の川連法眼の館に匿われている源義経のもとへ、家臣の佐藤忠信が訪ねてきます。義経は伏見稲荷で預けた静御前の安否を尋ねますが、忠信には覚えがない様子。そこへ、静とともにまたしても忠信が到着したとの報せが入ります。不審に思った義経から詮議を命じられた静が初音の鼓を打つと、その音に惹きつけられて姿を現したのは……。
「『義経千本桜』全四段の四段目の最後であり、通称“四の切”と呼ばれる『川連法眼館』は、物語の締めを飾る場面です。
音羽屋型の“四の切”の魅力は、親子の情愛にあります。前半の武将としての忠信も丁寧に演じなければならないのはもちろんですが、本物の武将である忠信の義経に対する忠義と、後半、狐の本性をあらわしてからの親=鼓を慕う気持ちが、音羽屋にとってとても大切なものとして伝えられています」
――主君の愛妾を守護する武将が、実は鼓となった親を慕う狐であったというファンタジックな設定に加え、狐であることが露見すると一瞬で姿を消して別の場所から登場したり、軽やかな狐の動きで欄干を渡ったり、“狐詞”という独特な喋り方をしたり。
子どもや海外の方にもわかりやすく、心に響く物語です。
「甲高い音調子や独特の節回しをする“狐詞”や狐らしい所作も、演じる役者が狐を見て観察し、その本質を捉えることで生まれた型なのでしょう。
そして“ケレン”と呼ばれるドラマティックな演出以上に深めていきたいのは、役の心情です。
台詞に『前世に誰を罪せしぞ』とありますが、狐として生まれ“業”を背負った悲しさ、親と別れてしまった悲しさ。それに対し、父を失い、兄に疎まれて流浪する義経もまた、“業”を背負っているのだと語ります。
人間は誰もが“業”を背負って生きていて、それは自分の行いによって晴らしていくしかないものなのでしょう。『義経千本桜』では、すべての段において、この考えが貫かれているように思います。
いかに自分自身を照らし、“業”を晴らしていくか。それは人間にとって永遠のテーマなのかもしれません。
源平の時代というと遠い昔の物語のように感じられるかもしれませんが、“あなたならどう生きますか”という問いかけが、物語と現代のお客様を繋いでいるように思います」

『義経千本桜 』佐藤忠信実は源九郎狐=八代目尾上菊五郎 令和4年10月国立劇場 (撮影:岡本隆史)