和文化への招待

松本幸四郎さん・市川染五郎さんが語る

「秀山祭九月大歌舞伎」
これからに繋ぐ“今”

歌舞伎座で9月2日から上演される「秀山祭九月大歌舞伎」。
昼の部、夜の部、それぞれでゆかりの演目に挑む松本幸四郎さんと市川染五郎さんが取材会で思いを語りました。


初代吉右衛門、二代目吉右衛門の
芝居への思いを次の世代へ

「秀山祭」とは、明治、大正、昭和にかけて活躍した初代中村吉右衛門さんの功績を顕彰し、その芸と精神を次代へ受け継ぐことを目的に、2021年にこの世を去った二代目吉右衛門さんを中心に、2006年から続いてきた公演。初代吉右衛門は幸四郎さんにとって曽祖父、染五郎さんにとって高祖父にあたります。
「秀山祭がずっと続いているのは、縁のある方々のお気持ちがあったからこそ。叔父から伝え聞いた初代吉右衛門の芸も、間近に見てきた叔父の芸も、役や作品、そして歌舞伎に対する愛情をすごく強く感じられるものでした。今年も、そんな芝居への情熱を感じていただける秀山祭にしたいと思っています」と幸四郎さん。

一方の染五郎さんは、「自分自身は高麗屋ですが、父が大叔父(二代目吉右衛門さん)から学んだ播磨屋の芸の匂いを体現することは、今回の秀山祭だけでなく生涯かけて追い求めていくひとつの課題です。残念ながら大叔父から直接、役について教わる機会はありませんでしたが、おそらく大叔父も初代には直接教わっていません。十七代目中村勘三郎のおじ様を通して初代の芝居はこうだったと教えを受けた大叔父が二代目として播磨屋の芸の匂いを残し、それを教わった父が体現したものを、また共有してもらうような、分けてもらうような感覚でいます」と芸の継承について語りました。

これぞ古典歌舞伎!という
重厚な義太夫狂言

昼の部で幸四郎さんが初役でつとめるのは『ひらかな盛衰記 逆櫓』の船頭松右衛門実は樋口次郎兼光。
「これぞ歌舞伎、という演目です。船頭・松右衛門の大きさや存在感、そして実は木曽義仲の遺臣、樋口次郎兼光という見顕し(みあらわし)。歌舞伎の得意技が詰め込まれたお芝居だと思いますので、しっかりと自分の歌舞伎の芸を見つめつとめられたら」。
今回は歌舞伎座では58年ぶりに『逆櫓』の前段の『大津宿屋』『笹引き』から上演されることで、より物語が深まることも期待されます。


『ひらかな盛衰記 逆櫓』船頭松右衛門実は樋口次郎兼光=松本幸四郎(撮影:下村一喜)


夜の部では『伊賀越道中双六 沼津』呉服屋十兵衛を片岡仁左衛門さんとダブルキャストで上演。
「松嶋屋の型と、私が演じる播磨屋の型では、話は同じですが大道具が全て違います。珍しいことですので、その違いも楽しんでほしいです」。
実は幸四郎さんが初めて『伊賀越道中双六 沼津』の呉服屋十兵衛をつとめたのは2019年9月、二代目吉右衛門さんの体調不良による代役でした。
「幕が開く1時間前に急に代役をすることが決まり、準備をしながら約2時間の舞台を1時間でさらって舞台に立つという状況でした。でも、ここでできなかったら自分は今まで何をしてきたんだろう、という思いが強く、大丈夫かなできるかなという不安はまったくなかったです。その後、一度上演が決まっていたのですがコロナで幕が開かず、2024年4月のこんぴら歌舞伎でようやく(本役として)舞台に立つことができました。僕にとっては特別な特別な役ですので、初日から結果を出さないと、という、とても強い思いと強いプレッシャーを感じています」


『伊賀越道中双六 沼津』Bプロ 特別ビジュアル

一條大蔵卿とハムレットの
意外な共通点

一方の染五郎さんが挑戦するのは、『一條大蔵譚』の一條大蔵長成。
「お話をいただいた時は私が大蔵卿だと思いました」と、幸四郎さんはジョークとも本音とも取れるコメントで笑いを誘いつつ、「染五郎にしっかりと継いでもらいたい大事な演目です。叔父に教わったものをすべて伝えたい」と父の顔をのぞかせました。
21歳での大役に染五郎さんは「自分には早いなと思う一方で、“まだ早い”と言い続けるのも自分への甘えのような気もします。初代は12歳で、二代目の大叔父は15歳で初演しております。腹を括って2人を目指すというのであれば、むしろ焦りを感じるぐらいの気持ちで演じていきたいと思います。初代吉右衛門は自伝の中で、生涯演じてきた役の中で一番好きな役が大蔵だと言っておりますし、播磨屋ゆかりの作品の中でも、初代、二代目がひときわ特別な思いを持ってつと勤めてきた作品ですので、今回も特別な思いで臨みたい。
様式的な表現に、いかに人物の内面を描く出すことができるか、父に教わって演じます」と覚悟を語りました。



『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎(撮影:下村一喜)


このところ歌舞伎以外にも活躍の場を広げている染五郎さん。今年5月、6月に演じたハムレットと一條大蔵卿を比較して「狂気というか、阿呆を装っているところも似ていますし、どちらもとても高貴な身分で恵まれているように見えて、実は誰にもわかってもらえない悲しさとか寂しさ、孤独感が共通しているように思います。その哀愁みたいなものを感じていただけるような大蔵卿を、とても高いハードルですが目指したいなと思っております」と語りました。

受け継がれる芸を
自らの肉体で表現し、次代へ

初代から二代目へと受け継がれてきた古典歌舞伎の至芸。それがどんなものであったのか、演じる自分の肉体を通して想像してみてほしい、と、幸四郎さん。自らを“歌舞伎職人”と呼ぶその姿をまとめた著書が9月に発売されます。
十代目襲名から現在までを振り返り、大役への挑戦、新作歌舞伎を生み出す創作の舞台裏、演出家としての葛藤や情熱を自らの言葉で綴った一冊は、篠山紀信さん・下村一喜さん撮影による迫力ある舞台写真も見応え十分です。


『「歌舞伎職人」の舞台うら話』2026年9月17日発売。3,300円(税込)/世界文化社


今年は秀山祭が始まって20年目、そして初代中村吉右衛門の生誕140年の節目の年。
受け継がれてきた歌舞伎への思いは世代を超えて、幸四郎さん、染五郎さん、そしてその先の未来へと続いていくことでしょう。