お金や投資の話は、どうしても「増やすこと」に意識が向きがちです。けれど、人生を本当の意味で豊かにする資産は、“自分のなかに育つもの”なのかもしれません。この連載では「私産1億円」というテーマのもと、人生後半を自分の価値観で設計していくための視点を探ります。今回は、フィンテック企業の起業・売却を経験し、グローバルにキャリアを築いてきた川和まりさんとの対談を通して、子育て、仕事、環境の変化に向き合いながら自らが選び取ってきた “私産”の育て方のヒントをお届けします。

「自分の声」を発するために選んだ道
川和さんのキャリアの出発点は、大学時代に携わっていた報道翻訳の仕事でした。周囲が新卒採用を目指すなか、就職活動を選ばず、翻訳をしながら会計士の資格取得を目指します。
「でも、人の言葉を訳すだけではなく、自分の声を発したかった」——この川和さんの言葉が印象的でした。報道翻訳の仕事は時間効率がよく、収入面でも新卒の平均を上回っていたそうですが、それだけでは満たされない何かがあったのだと、対談を通して感じました。
その頃は、総合職という枠組みが生まれたばかりで女性が自分の意思を社会に発信することが難しかった時代。だからこそ資格という武器を手にして、“自分で人生を選ぶ”ための力を育てようとしていたのかもしれません。
“投資”とは、未来に向けた問いを立て続けること
そして翻訳から監査法人勤務へ。しかし、監査法人という過去の実績を確認する「後ろ向きの検査をする仕事」に違和感を抱き、その後はアメリカの経営大学院(ビジネススクール)へ進学。翻訳の道から会計士へ、そしてアメリカへ。
「次のステップを模索してみたいなと思って」という言葉の通り、ビジネススクールへの進学は、監査法人での仕事に違和感を覚えた川和さんが自ら選んだ新たな道でした。
彼女にとってビジネススクールは、自分にとってより自然に感じられる方向だったのかもしれません。この間の一連の問い直しの姿勢は、まさに“自分の意志で人生を選ぶという姿勢”であり、“未来の自分に向けた投資”なのだと、私は感じました。

(左)1992年、スタンフォード大学ビジネススクールの家族寮にて。2歳半の息子と迎えたクリスマス。(右)大手金融機関での経験を経て、投資運用の自動化を支援するフィンテック企業「Emotomy」を創業した頃。
好きを選び続ける力が、見えない私産になる
その後、アメリカの大手金融会社を経て、2014年、フィンテック起業家としてロボット投資の会社を設立。2019年にはその会社もバイアウトされました。
川和さんのキャリアには、一貫して「好きなことを追求する」という姿勢が流れています。学生時代の報道翻訳、外資金融での実務、そして起業。いずれの場面でも、好きだからこそ続けられたという実感がありました。
「自分が成長している」と感じられる環境に身を置くこと。それは、見た目の安定や成功よりも大切な“軸”だったのではないでしょうか。
こうして積み重ねられた「好き」の選択は、見えないけれど確かな「私産」になっている——。
そう思わせてくれる川和さんの言葉には、“内なる豊かさ”が宿っていました。

フィンテック起業家・元資産運用会社CFO
上智大学卒後、報道翻訳を経て公認会計士資格を取得。
国内の監査法人、米国の外資系金融機関を経て、
夫とともにフィンテック企業Emotomyを共同創業、
同社のCFOとして経営から資金調達・
事業売却(2019年:ノーザン・トラスト)まで統括。
現在は、複数企業の社外取締役を務めながら、
金融リテラシー啓蒙や女性のキャリア支援に注力。
