「なんとなく、違和感がある」
その感覚は、言葉にしづらいものです。説明できるほど明確ではないけれど、見過ごしてしまうと、大切な何かが少しずつズレていくように感じます。
そんな、前例のない判断を迫られるとき、私たちは何を拠り所にすればいいのでしょうか。
元ポーラ社長であり、Toget-HER代表理事でもある及川美紀さんは、「結局は哲学なのです」と語ります。それは難しい思想の話ではありません。自分の中にある「これは違う」という感覚を、簡単に手放さないことにありました。
初回は、歌舞伎や文楽への眼差しを通して、日々の違和感を「じぶんのものさし」へと変えていく、及川さんの思考の源流をお届けします。

最近よく思うのは、結局は「哲学」なのだということです。
ただ、ここでいう哲学とは自分の中で「これは違う」と感じられるかどうかという判断基準のこと。
最近は、ルールに書かれていないことに対してこそ、自分の判断が問われるのではないかと思っています。ルールではこうなっているけれど、ここでこれは許してはいけないのではないか。あるいは、会社の規約には書いていないけれども、この場面でこの判断をしっかりと下さなきゃいけないのではないか。そうした場面が、これからますます増えてくるのだと思います。
周囲に合わせた方が楽なこともあります。説明しやすい選択肢もある。その方が波風も立たないし、物事もスムーズに進むのかもしれません。
でも、どこか引っかかる。
特に女性エグゼクティブは、まだマイノリティです。だからこそ、周囲に合わせることと、自分の感覚を持ち続けることの間で揺れる場面も少なくありません。
自分の中にある「これは違う」を手放してしまうと、いつの間にか、自分自身の判断まで少しずつズレていってしまう気がするんです。
歌舞伎や文楽を観ていても、「これは男性が作った物語なのだな」と感じる瞬間があります。
もちろん作品自体は本当に面白い。
でも、その中にある小さな違和感を、簡単に「昔の話だから」で終わらせないこと。そうした感覚が、後になって判断につながっている気がしています。
結局は哲学なのです。
難しい理論ではなく、ルールにはこうと書いてあるけれど、ここでこれは違うのではないかと感じられるかどうか。その感覚のことなのだと思います。
