この連載でご案内するクラシック音楽は、2004年に出版されたCD集「ザ・ストリングス・伝説の響き」の収録曲からセレクトしています。CD全28枚にわたる楽曲の数々は、19世紀後半から20世紀前半にかけてのクラシック音楽全盛期に録音されたSP盤の音源を、演奏批評家で出版社編集主幹の山角浩之氏が最新テクノロジーを用いて復刻再生したもの。今回も、前回のVol.1に引き続きDisc1より音楽家をピックアップします。Vol.2では、ヴァイオリンの奏法で重要なヴィブラートに着目し、美しくも対照的なヴィブラートを響かせて聴衆の心を掴んだヴァイオリニスト二人をご紹介。それぞれの演奏が収録されたDisc1を再度お届けします。
高い技術に裏付けされた奏法で音楽家たちを魅了
ウジェーヌ=オギュスト・イザイ
19世紀末を代表するヴァイオリン界の巨匠として確たる地位を築いたのが、1858年にベルギーで誕生したウジェーヌ=オギュスト・イザイです。
イザイは、4才のときから、ヴァイオリニストで指揮者でもあった父の手ほどきを受け、1873年にブリュッセル音楽院の奨学生となり、ヘンリク・ヴィエニャフスキ、アンリ・ヴュータンに師事しました。1879年にはベルリンのビルゼ管弦楽団コンサートマスターに就任。1883年から86年までパリに滞在し、サン・サーンス、ドビュッシー、フォーレなどの作曲家と親交を結び、多くの曲を献呈されたのです。その後、12年間にわたりブリュッセル音楽院で教授を務めて、ヴュータンやヴィエニャフスキから伝統的な奏法を受け継ぎ、それを現代化することで20世紀のヴァイオリン教法確立のパイオニアとなりました。
イザイの演奏を論じるとき、必ず引き合いに出されるのがヴィブラートでしょう。ヴィエニャフスキ風の強烈なヴィブラートを発展、完成させた彼のヴィブラートは、喜びに満ちた歌うようなリズムで徐々に本来の音程に収束していくのが特徴で、多くのヴァイオリニストに強い衝撃と影響を与えました。
ロンドンやアメリカでの演奏も成功し、ヴァイオリニストとして世界的な名声を手にしたイザイですが、比較的若い頃から両手が震える症状に悩まされており、その症状が徐々に進行していきました。特にボウイングに大切な右手の震えがひどくなり、ついには指揮者への転身を余儀なくされます。さらに、1929年には糖尿病のため右足を切断。一時は身体が衰弱したものの、1930年のコンサートでは指揮者として復帰を果たしました。没後、ブリュッセルで創始されたヴァイオリンのコンクール「ウジェーヌ・イザイ国際コンクール」は、今日「エリザベート王妃コンクール」として知られています。
イザイの録音は多く残されていませんが、Patrasでご提供するDisc1には貴重な楽曲3曲を収録しています。中でもDisc1の11曲目であるヴァーグナー作曲〈勝利の歌「マイスタージンガー」〉は、まだ右手の状態がそれほどひどくない時期の演奏です。考え抜かれたフレージング、情熱的で凛とした厳しさと詩的な優雅さ、精神的な集中力。そして、E線上の絢爛たる輝きは筆舌に尽くしがたいものです。どうぞご堪能ください。

(左)ウジェーヌ=オギュスト・イザイ (右)イェネー・フバイ
悠々とした響きで、品のある音色を生み出す
イェネー・フバイ
イザイとは対照的なゆったりとしたヴィブラートで聴衆を魅了したのが、1858年にブダペストで生まれたハンガリー人、イェネー・フバイです。
父のカール・フバイはハンガリー王立劇場の楽長とブダペスト国民音楽学校の教授を務めていたことから、当初は父からヴァイオリンを学んでいました。そして、11才のときにヴィオッティのヴァイオリン協奏曲でデビューして一躍脚光を浴び、1871年にハンガリー政府の奨学金を得て、ベルリン高等音楽院でヨーゼフ・ヨアヒムに5年間、師事します。
1878年にパリを訪れてアンリ・ヴュータンと親交を結び、彼の死後は遺作を引き継いで校訂を行うとともに、ブリュッセル音楽院でヴァイオリンの主任教授を務めました。1886年にはブダペストで父の後を継いで王立音楽院の教授に就任し、シゲティやヴェチェイ等、多くのヴァイオリニストを輩出。作曲家としてもかなりの作品を残しており、とりわけ〈そよ風〉は今日でもよく知られている楽曲でしょう。
フバイの録音も数が少ないのですが、1928年と29年に演奏されたものが残っていました。復刻再生版に収録されたのはすべて自作曲で、いずれも真にほのぼのとして、育ちの良さを感じさせてくれるものです。曲想や演奏法にフバイ自身の古典への志向が随所に伺えますが、Patrasでお届けするDisc1の15曲目〈ツァルダの風景〉は、近代的な趣のある曲といえます。録音されたとき、フバイはすでに70才。にもかかわらず、活力あふれる演奏で、名器アマティの響きと相まって悠々たるものがあります。独特のヴィブラートもこの上ない美しい音色を奏で、思わず心が和むに違いありません。
