Hiroaki Sumiya

アートプロデューサー&アートアドバイザー

野村総合研究所在籍中に、横浜トリエンナーレのスタッフとして芸術が生まれる現場を体験し、ハッチアート、BPA、ルートカルチャーなどアートプロジェクトを実践。2016年より「アートフェア東京」のコミュニケーションズ統括ディレクターとして文化庁アートプラットフォーム事業 " 日本のアート産業に関する市場調査 " を実施。2021年より DART 株式会社にて、企業・地域・個人のアート・アドバイザー、京都萬福寺アーティストインレジデンスディレクター(2023 迄)、文化庁の芸術関連の委員等務める。

アートとともに生きる

vol.1

スケールの大きな芸術祭で
多彩な作品に出合う

現代アートをコレクションする楽しみ

憧れのジュエリーやバッグを買うときのワクワク感、そして、それが自分の手元にあるときの満ち足りた気持ち。実は、その特別な感覚は「現代アート」にも通じます。アートというと距離を感じる人もいるかもしれませんが、気軽に手に入れられるものもたくさんあり、人生を豊かにしてくれるものなのです。願わくは、PATRAS 読者の皆さんには心に響く作品やアーティストに出会い、実際に「my アート」を手にしてもらいたい......。そこで、アートプロデューサー・アートアドバイザーの墨屋宏明氏に、奥深い現代アートの世界を案内していただくことにしました。今後、多様な視点でアートに関する連載をお届けしていきますが、第 1 回目の今回は、現代アートの魅力や最先端の作品に出合える芸術祭について語っていただきました。

ドクメンタ開催中のドイツ・カッセル駅、街全体がアートに染まる。Photo:HiroakiSumiyaドクメンタ開催中のドイツ・カッセル駅、街全体がアートに染まる。Photo:HiroakiSumiya

現代アートは気づきやアイデアに満ちている

アート作品を見た後、いつもの世界が違って見える。
そんな経験をしたことはありませんか? 私は、展覧会などで本当に心に残る作品に出合うと、このような感覚を味わうことがあります。なにも、世界がキラキラするわけでもないんです。たとえば、今まで目障りだと思っていた街の看板や電柱が、ちょっとカッコよく見えたり、いつもは通らない路地を歩きたくなったり。そんなふうに、これまでとは違った感覚になるのです。
現代アートって、美しくないものもあれば、ひとめ見ただけでは理解できないものもありますよね。だからこそ、こちらから近づいて感じ取ろうとする。そうすると、「こんな一面があるんだ」「こんなふうに考える人がいるんだ」と気づかされるのです。そのため、ときとして、自分の世界がワッと広がったり、見え方や考え方が変わったりするのではないかな、と。そういう訓練をしていると、自分がわからないものに出合ったときにも、怒り出すことなく、歩み寄る姿勢が養われます。なんというか、ひじょうにピースフルでハッピーになると思うんですよね。
アートを「美しいもの」という1つの価値観だけで見てしまうと、そういう捉え方はできないかもしれません。そうではなくて、アートは、ものの見方を変えてくれるもの。あるいは、社会課題を解決するアイデアをもたらしてくれたり、地球を平和にしてくれるものかもしれないし、将来にわたって歴史に残り、経済的な助けになるものかもしれない。そういう多様な価値で成り立っていると考えています。
それに気づいたラグジュアリーブランドの中には、近年、現代アートのアーティストとコラボレーションすることに力を入れはじめたところもあります。ブランドを一時の流行で終わらせず、価値を持続させ、好奇心旺盛で知的な新しいコミュニティと接続するために。アートにはそういう力があると思っています。

地域の魅力とともに作品を発信する芸術祭

現代アートへのアプローチはいろいろあります。美術館の展覧会や現代アートを扱うギャラリーへ行くのもいいでしょう。また、世界各地で開催される芸術祭に足を運ぶのもおすすめです。
芸術祭で世界的に知られているのは、イタリアのヴェネツィア・ビエンナーレと、ドイツのカッセルで開かれるドクメンタ。それぞれのコンセプトのもと、世界中のさまざまな作品が集まる祭典で、現代アートの最先端を見ることができます。
少し話がそれますが、なぜイタリアとドイツなのか――。どちらの国も第二次世界大戦で敗戦したがゆえに、かつては、自国の文化や意見を強く主張すると、他国から孤立する可能性がありました。そこで、戦争への反省を示し、力ではない文化的な外交政策として海外の文化や芸術を発信することで、平和的に世界中の人たちと仲良くなれるのではないか、と考えた側面もあるのです。
日本はというと、地域によりますが、その土地にしかない魅力をアーティストやキュレーターが発見し、地元の人たちも気づかなかったような視点で生まれた作品やアートプロジェクトを発信して、新たな観光資源にしていく、という芸術祭が多く見られます。瀬戸内国際芸術祭や越後妻有アートトリエンナーレは海外からもとても注目されています。2001 年にはじまった横浜トリエンナーレは、「クリエイティブシティ・ヨコハマ」を掲げ、街の魅力やクリエイティブ産業を強化していきたいという施策の 1 つとして位置づけられています。

(上)Study:大阪関西国際芸術祭 Vol.1 展示作品 奥中章人 "INTER-WORLD/SPHERE: Cocooner" (下)Study:大阪関西国際芸術祭 Vol.2 展示作品 鬼頭健吾 "inconsistent surface" Photo: Kohei Matsumura

大阪が舞台の芸術祭で現代アートを体感しよう

2025年4月現在、今すぐに行ける芸術祭として、「Study : 大阪関西国際芸術祭 2025」があります。これは、大阪・関西万博(2025 年日本国際博覧会)にあわせて、万博年以降も持続的な芸術シーンを関西から醸成していきたいと企画されました。これまで 2022 年から 3 回開催し、いよいよ 4 回目の今回が 2025 年 4 月 11 日(金)~ 10 月 13 日(月)と大規模な開催になります。
テーマは「ソーシャルインパクト」。国内外 50 人以上のアーティストが参加し、大阪発の文化芸術を通じて社会課題の可視化を目指し、各会場でアートプロジェクトを展開していきます。私が提案する着眼ポイントは、会場のユニークさ。1970 年開催の大阪万博から現在に至る「大阪の変遷」を垣間見ることができるからです。
その象徴的な場所が、高度経済成長期に全国から肉体労働者が集まってきた西成エリア(釜ヶ崎)。まさに前回の大阪万博開催当時、建設ラッシュを支えた人たちが移り住んできた地域です。ここでは、元日雇い労働者のアーティスト坂下範征さんとともに、現代美術家の森村泰昌さんらも参加し、ソーシャルな事象に向き合いつつ幅広い活動が行われています。アートは富裕層のものと思われがちですが、誰にとっても生きる糧になる重要なものだと、あらためて思い知らされるところでもあります。

(左)西成エリア;森村泰昌 + 坂下範征 Study:大阪関西国際芸術祭 Vol1. 展示作品 “Our Sweet Home” (中央)船場エリア;シュウゾウ・アヅチ・ガリバー 甘い生活 1995 / A.T.C.G. / インターコース [東京バージョン] マルセル・デュシャン(1887-1968)とエルヴィン・シュレーディンガー(1887-1961)に捧げる 1993-95 Photo:©certotokyo (右)国立民族学博物館(万博記念公園内);のん

商業の中心地として栄えてきた船場エリアでは、建て直しが予定されているオフィスビル・船場エクセルビルが拠点です。注目は、1970 年万博以前から活動している現代アーティスト、シュウゾウ・アヅチ・ガリバー。当時、テクノロジーを駆使した作品で話題になり、ニューヨークの MOMA など国際的なアートシーンでも注目されています。今回は「人間らしさ」を探る作品を出展しています。
そのほか、1970 年万博の会場だった万博記念公園では、黒川紀章設計の国立民族学博物館(みんぱく)にて、女優でアーティストののんがこけしとリボンをモチーフとした作品を、安藤忠雄が設計した大阪文化館・天保山では、ロン・ミュエクなど国際的に活躍するアーティストによる「人間とは何か。」を問うハイパー・リアリスティック彫刻を展示。大阪キタエリアでは、街全体をステージに都市とアートの関係性を探求するなど、多くの見どころがあります。また、芸術祭会期中の7月、大阪の天神祭も催されるタイミングで、実際にアートを購入できる日韓合同国際アートフェア「Study × PLAS : Asia Arts Fair」(7 月 21 日(月・祝)~ 23 日(水))も開催されます。
本芸術祭では、多くのアーティストが大阪を訪れ、独自の視点とスタイルにより、ここでしか体験できない作品に取り組んでいます。皆さんも、これまで気づかなかった何かが発見できるかもしれません。ぜひ自身で体感して、現代アートのトビラを開いてみてください。