アートは鑑賞するのが大きな楽しみではありますが、ただ話題の美術展を訪れるだけでは、「あーよかった」で終わってしまいがちです。ときには、混雑していてじっくり鑑賞できないことも。そうではなく、PATRAS 読者の皆さんには、現代アートの鑑賞体験を深めてほしいと思っています。たとえば、「この作品は何を伝えたいんだろう」「このアーティストはどうやってこれをつくったのかな」と考えてみるのはどうでしょうか。もしかしたら、より興味がわいてくるかもしれません。そこで今回は、多くの作品を体験するきっかけになるよう、墨屋宏明氏に現代アート界が誇るアーティストの作品を、さまざまな表現方法とともに教えていただきました。
革新的な発想、技術、手法がアートを進化させる
アートというと、かつて教科書で見た絵画や彫刻を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも、アートにはいろいろな手法があり、中でも、現代アートの表現方法は多岐にわたっています。
特に 20 世紀後半からは、従来とは異なる材料を使ったり、電子機器などの最先端テクノロジーを操ったりと、斬新なアプローチやテクニックを用いて、これまでの形式を超えた作品が次々と生み出されています。
歴史を振り返ってみても、アートの発展に新しい技術が寄与したことが読み取れます。
19 世紀に印象派の絵画が現れて、当時の美術界にセンセーションを巻き起こしたのですが、これはチューブ式の絵の具が開発されたことも要因でした。それまでは室内で顔料を練りながら描いていたのですが、チューブに入った「モバイル絵の具」のおかげで、自然光あふれる屋外で絵が描けるようになったのです。そして、豊かな色彩で光を捉えた印象派の作品が生まれたのでした。
さて、あれから 100 年以上経ち、どんな作品が生み出されてきたのでしょうか。
現代アートの表現方法と代表作品をご紹介
遠くから感じて、近くで観て、五感で楽しんで
現代美術史の中でスーパースターともいえる著名アーティストの作品を、表現方法に着目してご紹介します。いずれも、美術館・アートスペースで、いつでもゆっくり観られる場所に常設展示されています。「今週末、行ってみよう」「年内にすべて制覇しよう」など、ぜひ観に行く計画を立ててみてください。
※各作品の展示スケジュール詳細については、各館にご確認ください。


光の館 ジェームズ・タレル (上)外観夜景 (下左)外観昼景 (下中)2 階の部屋「Outside in 」日中の天井開放時(下右)2 階の部屋「Outside in 」日没ライトプログラム、天井開放時

宮島達男《それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く》1998 東京都現代美術館蔵 撮影:柳場大
インスタレーション
空間や場所全体を作品と捉えて表現し、視覚だけでなく五感で体験するアート。デジタル技術を駆使して映像や音、光などを用いた作品も増えてきています。
ジェームズ・タレル氏が「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」(2000年)のためにつくった「光の館」は、今も訪れて宿泊できる作品。屋根の一部が開いて、四角く切り取られた空を室内から眺めることができるのです。見慣れた空が刻一刻と変化する様子や、作品内で光に包まれる感覚を体感することで、地球の営みそのものをアートとして感じられます。同氏の空を見る作品として、金沢21世紀美術館の「ブルー・プラネット・スカイ」もいつでも鑑賞できます。
もう一つ、おすすめしたいのが、東京都現代美術館に常設されている宮島達男氏の作品「それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く」。遠くから見ると、赤いライトが点滅していてSFの世界のようですが、近づいて見ると、1から9までの数字が無限にカウントされていることがわかります。「0」が光らないのは、東洋的な思想「ゼロ=無」の意か。一つひとつのデジタルカウンターのスピードや輝きの強弱が異なるのは、一人ひとりの人間や生命の多様性を表しているのか。数字が繰り返されるのは、輪廻転生を表しているのか。さて、皆さんは何を感じるでしょうか?

カスヤの森現代美術館 ヨーゼフ・ボイス コレクション
コンセプチュアル・アート
作品の背景にある思想やアイデアなどを概念化したアート。視覚表現だけでなく、思考やアクションもアートとして、絵画や彫刻、インスタレーションなどで創造されます。
その草分けともいえるヨーゼフ・ボイス氏は、社会の課題に向き合い「社会彫刻」という概念を提唱して、今も多くのアーティストに影響を与えています。横須賀市のカスヤの森現代美術館では、同氏の多様な作品群と来日時のドキュメンタリー映像を鑑賞できます。
カスヤの森現代美術館 ナム・ジュン・パイク《パイクのグランド・ピアノ'86》メディア・アート
80年代はブラウン管やビデオ映像、90年代以降はコンピューターやグラフィック映像など、その時代固有の新しいテクノロジーを用いて表現するアート。先駆者であるナム・ジュン・パイク氏の作品が、カスヤの森現代美術館に常設されています。
現在、最前線を走るチーム・ラボは、多様なメディアを駆使して、鑑賞者の動きや視点により変化するインタラクティブな空間をつくり出しています。美術館やギャラリーに作品を展示するのではなく、世界中の都市に巨大な鑑賞空間をつくるという手法は、従来のアート・マーケットや流通の考え方にもイノベーションを起こしています。

リレーショナル・アート
人との関係性やコミュニケーション自体を作品とするアート。オノ・ヨーコ氏の展覧会に初めて訪れたジョン・レノン氏が、天井に描かれた小さな作品を見るためにわざわざ梯子をのぼり、虫眼鏡を使って覗いたら「Y E S」の文字だった、というエピソードは有名。作品を鑑賞するはずの人が、作家や作品と対話したり、作品本体に組み込まれることで成立するアートです。
十和田市現代美術館には、オノ・ヨーコ氏の作品「念願の木」が常設されています。これは、鑑賞者が短冊に願いごとを書き、それを青森のりんごの木に吊るすことで、形のない人々の想いや行為自体を作品へと変えています。
彫刻
これまでの古典的な技法に加え、ガラスや樹脂などの新素材を使ったり、デジタルや工業的な技術によりデザイン・造形を進化させたりと、さまざまなアプローチで作品がつくられています。
アニッシュ・カプーア氏の作品「L’Origine du monde」は、金沢21世紀美術館の開館以来、いつでも鑑賞できる作品。壁に大きな黒い楕円形が描かれているように見えて、実際は穴が開いているのですが、じっと見ていると凹んでいるのか膨らんでいるのか曖昧に……。穴の部分は、光を反射しない特殊な塗料が塗られているのです。私たちは光の反射によって立体を把握するため、この作品は、立体物を観るという行為そのものに揺さぶりをかけてきます。
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=30&d=5
今回は表現方法別にご紹介しましたが、アーティストたちはその枠を超えて活動しています。皆さんも興味のある作品に限らず、まずは美術史に残る重要なアーティストのいつでも観られる作品を、ぜひ体感してみてください。
